泣ける話の種類

感動できる話は心情に深く働きかけるものですので、上手に活用していい涙を流すこともできれば、落ち込んでしまうことにもなりかねません。たとえば、家族の ことで悩みやストレスを抱えている場合には、他の種類のものを読んだほうがよいこともあります。
泣ける話を大別すると、家族、ペット、命、恋愛、友情、救出、忠誠といった要素のどれかが含まれていることが多く見られます。ほかにも、歴史にちなんだもの であったり、巨大掲示板の2ちゃんねるから引用してきたものも紹介されていることが多いようです。
泣けるツボは人によって異なるため、誰でも同じ話で同様に感動できるわけではありません。したがって、自分に合いそうなものを選んでおくようにしておくと、 嫌な気分になることなく、気持ちのいい涙を流すことができるでしょう。
泣ける話と感動の作品の違い
感動できるいい話であるからといって、泣けるとは限りません。両者は必ずしも一致するものではないためです。涙が流れるほどですから、感情が激しく揺さぶられている ことは間違いないでしょう。しかし、感動の範囲は広いため、様々な種類があるのです。
たとえば、夕日をバックにしたエアーズロックを見て心が震えたとしても、泣けるとは限りません。感動はしても体が硬直して自然の雄大さを痛感するばかりで、涙を流す というのとは異なりました。
それと同じように、感動できる話が泣けるというものではないのです。笑顔になることもありますし、気持ちが温かくなることもあるのです。そこを把握しておかないと、 興味とは異なるものばかり見つけてしまうことになりかねません。
誰にでも共通する泣ける話とは
年齢や性別、仕事や価値観など、人には大きな個人差があります。そのため、万人向けの物語は多くありません。企業が特定のターゲットに向けて商品開発や販売促進を行 うように、同じストーリーでも受け取る人が変われば捉えられ方が変わるのが一般的なのです。
しかし、中には例外もあります。その一つが家族の話です。泣ける話を探していると、特に親子の話が高頻度で見られることからも、やはり結びつきが強いことがよく分か ります。
ここでは、素直に感謝の意思を伝えられないまま、父親が帰らぬ人になってしまった娘の話をご紹介します。
思春期の前後から娘が父親を毛嫌いしたり、距離を置くようになるのは一般的なことです。この話の主人公となる女性もそうでした。ここでは、仮名を使って優子さんとし ましょう。
優子さんは東北地方の出身で、父親はサラリーマンとして営業職に就いていました。父はお酒におぼれるわけではありませんし、ギャンブルにはまることもなく、平凡なが らも役目をしっかり果たしていました。特に輝いているわけではないものの、大きく困るようなことのない家庭だったのです。
小学校の終わりごろからできた父親との溝は、優子さんにとって不自然なものではなく、むしろレールの上を歩いているように当然のものでした。少なくとも、当時は生理 的な嫌悪を感じていたのも事実です。そのまま高校生になり、東京の短大を受験し、合格しました。
東京に出て行くことに、母親は心配顔でした。それでも人生経験を積むためになるとして、折れてくれました。一方、父親は特に反対するわけでもなく、積極的に送り出す わけでもありません。そもそも、優子さんとのコミュニケーションも十分にとれなくなってから久しくなっていたのです。
口数が少ない父親との間には、積極的な拒絶が以前ほどはなくなったとはいえ、あえて友好的なムードを演出したり、和解を申し出たりすることもなく、同じ屋根の下に暮 らしながらも疎遠になったきりでした。しかし、そんなことは気がかりになることはなく、むしろ地方の田舎から抜け出せる喜びが優子さんを満たしていました。
初めての1人暮らしには戸惑いもありましたが、都会での生活は悩みや寂しさよりも嬉しさの方が強く、十分な額の仕送りをもらいながら楽しく短大生としての生活を謳歌 することができました。就職先も決まり、正月に帰省しなかった代わりにそろそろ一度実家に戻ろうかと思っていた矢先、携帯電話に母からの着信と留守電へのメッセージが 残っていました。
それは父の訃報を知らせる内容でした。脳梗塞で倒れ、そのまま意識が戻ることなく亡くなってしまったのです。寡黙な父親は、最期まで無言の男でした。さすがにこれま での親不孝が頭をよぎり、優子さんの心のうちに後悔の念が飛び交いました。しかし、一方で仕方がないという思いも残っていました。
急遽実家に帰った優子さんを、涙を流し続けたであろう母親が、赤い目で出迎えました。その様子から、ずっと泣いていたことが伺えました。家に入ってから、彼女は初め て聴く話を耳にすることになったのです。
彼女が父親だと思っていた男性は、実は実父ではなかったのです。いわゆる連れ子であったため、血のつながりはなかったのです。そんなことを感じたことは、今まで一度 もありませんでした。本当の家族であることを信じていましたし、疑う余地もないと思っていたのです。
優子さんが父親を避けるようになってからも、彼が娘を思っていることは感じていました。そして、その愛情をうとましく思うことがたびたびでした。しかし、それが肉親 の情ではないと思ったとき、母の再婚相手がこれほどまでに連れ子の自分を可愛がり、本当の子供のように育ててくれたことに、言葉には到底できない感謝と後悔があふれ出 しました。
親子でないことをまったく気付かせることのなかったことに、どれだけの器の大きさが必要であるかは、彼女には想像することもできませんでした。ただ、これまで育てて くれたことに一言、ありがとうと伝えたいと思いました。できれば、生きている間に自分の口で言いたいと願いましたが、すでに手遅れでした。それでも、火葬する前の父親 に自分の思いをつたない言葉で伝えた時、その寝顔が安らかにほころんだように見えました。
母の話では、父はすべてを許していたそうです。たとえ血がつながっていたとしても、娘が年頃になれば関係がギクシャクすることもあると受け入れていましたし、いずれ 結婚して孫ができるようになれば仲良くなれると思っていたのです。そして、血縁はないにも関わらず、孫の誕生を心待ちにしていたそうです。
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